Blog Archives

某元大臣の発言

2011 年 7 月 11 日

 大変ご無沙汰してしまいました。いつも言い訳になってしまいますが、この春から何かとたてこんでしまって、気がつけば早7月、今日も朝から暑いです。さて、表題の件ですが、某元大臣の被災地訪問に際する発言です。 聞いていてこちらが恥ずかしくなるくらい、不用意・不適切な発言でした。それなりの心構えと頭脳をもった人がなぜあのような発言をするのか理解が及びません。震災復興のキーマンであり、大げさに言えば今後日本経済の動向にも関わっている重責を担っているにも関わらずです。 奢りでしょうか? 暗に内部けん制なのでしょうか? どちらにしても、被災地の人たちにとっては大変失礼な内容であった事は間違いないと思います。 もしも立場をえて、自分のあり方が変わってしまったとしたら、とても残念な事です。自分にも言い聞かせている、まさに慢心に注意です。

私を見て

2011 年 5 月 3 日

 大人も子どもも「私を見て」という人が実に多い。小さい子どもが「見て見て」はわかりますが、なぜいい年の大人たちまでもがこんな状態なのか? 言葉を変えれば、承認欲求の強い人たちです。承認欲求の強い人は、自分が世の中で承認されていないと思っている人、即ち自分に自信が持てない人たちです。原因の一つには、幼少期の無条件の承認を受けていない事が考えられますが、ほとんどの場合は人は生まれた瞬間には両親やまわりの人たちから無条件の承認を受けますが、要はその後の問題であると思われます。「私を見て」を解消するには、多くの人たちから、受けてこなかった無条件の承認をもう一度手にいれるしかないのです。豊かな心が培われにくい時代になってしまいました。

卒業式

2011 年 3 月 9 日

 先週は関連している学校の卒業式が3日間続きました。各学校とも訳ありの生徒が多いという事もあり、生徒も教員も感激はいろいろな意味でひとしおです。卒業生ひとりひとりにコメントを送る校長先生、逆に卒業生がひとりずつ今までの思いを込めて、挨拶をする学校、それぞれが趣向をこらし、それぞれが素晴らしい卒業式でした。 いつも職員には言っていますが、私たちの様な学校の教育とは、私たちの心を少しずつ分けてあげる事だと、今回卒業式で巣立っていく生徒たちは、先生方やまわりの大人たちの心を少しずつたくさん分けてもらったのです。そして、さらなる成長をきっと果たして、この生徒たちがいつかは、今度は自分の心を分けてあげる日が来るのだと思います。 いつも思います。問題もある子どもたちも、周りの大人たちみんなが一生懸命支援してあげれば、必ず解決に導けるものだと。